2008年01月22日 23:10
特許制度とイノベーション (イノベーション/永田)
前回は、大学から民間企業への
技術移転を中心とする
産学連携政策について取り上げました。
今回は、技術移転のメディアの1つである
知的財産権の制度、特に特許制度をめぐる
政策についてお話したいと思います。
第3回のお話の中でも、
最近の特許制度の変化を取り上げ、
いわゆるプロパテント政策の動向について
触れたことがありました。
今回は特許制度が、イノベーションに
どのような影響を及ぼすのかという観点から、
このトピックを掘り下げてみます。
■特許制度の2つの目的
一般に、
特許制度は、2つの重要な目的を持つ
制度だといわれています。
目的の1つは、
発明者に一定期間の排他的な独占権を設定し、
発明のインセンティブを確保することです。
それによって、発明者が発明に
より積極的に取り組むことが期待されます。
もう1つは、
発明者に発明を公開させることによって
技術の普及を促し、またその普及された技術の
さらなる開発を促すという目的です。
これらの目的に対応して、
特許制度がイノベーションに及ぼす影響は、
第1に発明のインセンティブに及ぼす影響、
第2に改良技術の開発インセンティブや
実用化段階における普及に及ぼす影響という、
2つのフェーズに分けて分析することができます。
実際に、特許制度に関する経済学的な研究は、
いずれかのフェーズを対象として行われてきました。
■特許制度の影響に関する実証研究
第1のフェーズに関する近年の実証研究の結果は、
特許制度によって発明のインセンティブが確保される効果は、
限定的なものであることを示しています。
企業が実現したイノベーションから、
自ら利益を回収できる程度(専有可能性)は、
研究開発のインセンティブを規定します。
発明の権利を特許として取得することは、
イノベーションから得られる
利益の専有可能性を確保するための
1つの方法ではあります。
しかし、
実証研究の結果は、企業は特許よりも、
むしろ製品の先行的な市場化によるリードタイムや、
それを可能にする生産・販売などにおける
優れた補完的資産を重視していることを
明らかにしています。
特許の取得は、発明の公開を伴います。
そのため、
ライバルの迂回発明を促す側面があり、
結果として、イノベーションから得られる
利益の流出は避けられないのです。
第2のフェーズについても、実証研究が行われており、
やはり特許制度の効果が限定的であることを示す
知見が提出されています。
例えば、マージェスとネルソンは、
アメリカの自動車産業や航空機産業について、
ケーススタディを行っています。
彼らの1990年の論文では、
これらの産業の初期段階において、
重要なパイオニア特許が存在したため、
その後のイノベーションが妨げられる場合があった
ということが指摘されています。
パイオニア特許の取得者が、
自ら事業を起こす意思がないのに、
重要性の高い特許を保有していることにより、
それを改良するアイデアや、
製品を効率よく生産するための技術を持った事業者が、
当該の市場に参入できなくなることがあるのです。
また、ヘラーとアイゼンバーグによる
1998年の論文では、
バイオメディカルの分野において、
バイ=ドール法の成立以降、
基礎研究成果の特許が多くの権利者に
分散して保有されるようになり、
その結果、特許の実施許諾を得るのに
巨額のコストがかかり、
発明の実用化が阻害されている
と論じられています。
彼らは、このような現象を
「アンチコモンズの悲劇」と呼んでいます。
■日本企業における特許制度の影響
日本企業において、
特許制度が研究開発をはじめとする
イノベーション活動に及ぼしている影響については、
私自身が調査を行ったことがあります。
2001年に、
日本企業の知的財産部門を対象とした
質問票調査を行い、
約200社から回収されたデータを用いて、
この点に関する分析を行いました。
分析の結果、第1のフェーズについては、
特許をめぐる企業間競争は、
企業の研究開発を
活発化させていることが示されました。
この結果は一見すると、
特許制度が研究開発インセンティブを
高めているように捉えられます。
しかし、
特許をめぐる競争に刺激されて
増加している研究開発の内容を検討してみると、
ライバル企業が保有している特許のライセンスを導入し、
その技術を自社製品に応用することを目的とした
研究開発が中心であることが見出されました。
つまり、特許をめぐる競争は、
全体としては研究開発を活発にさせているのですが、
その内容は多様な技術的オプションを
産み出すものではありませんでした。
その意味で、特許制度は、
産業全体のイノベーションの促進に、
あまりポジティブな効果を与えていないといえます。
第2のフェーズに関する分析結果からは、
日本では企業間で技術ライセンスが
活発に行われているため、
幸いにも「アンチコモンズの悲劇」のような現象は、
顕在化していないことが示されました。
ただし、
企業がプロダクト・イノベーションを
継続的に実現していくためには、
特許を活用する知的財産部門が、
単に出願業務などを行うだけでなく、
研究開発プロセスやその成果の市場化などに
積極的に関与して、
イノベーション・プロセス全体の中で
有機的に機能する必要があることがわかりました。
例えば、企業の知的財産部門の要員が、
研究開発部門の中に深く入り込んで
研究者とともに
特許性のある発明を探索することなどが、
その企業の持っている技術的知識を
イノベーションに結びつけていく上で
重要であるといえます。