2008年01月21日 08:00
産学連携政策とイノベーション (イノベーション/永田)
前回、クラスター政策について触れた際、
大学と企業が単に地理的に近接しているだけではなく、
両者の活発な交流が形成されなければ、
イノベーションは起こらないというお話をしました。
今回は、この点に関連する産学連携政策のあり方を
取り上げてみたいと思います。
■日本における産学連携政策
日本では、90年代半ば以降から、
産業競争力を回復させる政策的な手段として、
産学連携に対する期待が非常に高まってきました。
98年に大学等技術移転促進法、
99年に日本版バイ=ドール法と呼ばれる
産業活力再生特別措置法が制定され、
産学連携の法制度が整備されています。
これに伴い、大学における発明の
特許化を支援して企業に移転し、
ライセンス収入を大学に還元させることを
業務目的とする技術移転機関(TLO)が
各地の大学等に設置されました。
こうした日本の産学連携政策は、
明らかにアメリカの政策を
模倣しているといえます。
日本における産学連携政策への期待は、
20年ほど早く推進されてきた
アメリカの政策が、一定の効果を奏している
という見方に基づいています。
■産学連携政策の効果を検討した実証研究
では、産学連携政策は、
本当に効果があるといえるのでしょうか。
アメリカにおける大学から民間企業への
技術移転については、
その経済的な効果をめぐって
様々な実証研究が行われていますが、
その多くは政策の効果について
否定的な結果を示しています。
例えば、マウリー、ネルソンといった
著名なイノベーションの研究者たちは、
ライセンス収入がトップレベルの
アメリカの大学について
ケーススタディを行った結果、
スタンフォード大学、カリフォルニア大学では、
バイ=ドール法の制定以前から
特許取得件数が
大幅に増加していたことを示しました。
しかも、それらの大学における
ライセンス収入の大半は、
上位5件の限られた特許によるものであり、
そのほとんどが
バイオメディカル関連の特許による
収入であることを明らかにしました。
つまり、あらゆる分野において
特許を媒介とした産学連携が
活発化しているわけではなく、
その効果は限定的なものだったのです。
また、
ネルソン、ローゼンバーグらの研究者は、
スタンフォード大学と
コロンビア大学における発明について、
詳細なケーススタディを行った結果、
技術移転が効果的に行われたケースの
ほとんどにおいて、企業はTLOを介することなく、
大学の研究成果についての十分な情報を
すでに把握していたことを示しました。
つまり、特許以外の様々な情報源を介して、
企業は大学との連携を進めているということが
見出されたのです。
実際、大学から民間企業への技術移転は、
特許ライセンス以外にも、
様々な方法によって行われています。
コーエンらが
アメリカ企業を調査した結果によれば、
企業は大学の研究成果に関する情報源として、
出版物、研究集会、インフォーマルな情報交換などを、
特許よりも重視しています。
この知見に基づき、ネルソンは、
大学の研究成果を可能な限り
特許化しようとする傾向は、
これまで企業が大学の研究成果を
利用する際にとってきた様々な方法を、
阻害してしまうリスクがあると指摘しています。
アメリカのイノベーション研究者たちが
明らかにしてきたように、
バイ=ドール法による技術移転政策の効果が
限定的であるとすれば、
それと類似の政策が日本において効果を持つと
楽観することはできないでしょう。
さらに、
各国におけるイノベーション・システムは
異なった特徴を持っていますから、
同様の政策が、いずれの国においても
効果を持つと期待することはできません。
■日本のイノベーション・システムの特徴と産学連携政策の効果
日本では、
大学と企業の共同研究の件数などが、
顕著に増加しています。
しかし、それが本当にイノベーションに
結びついているのかという点は、
実証的に明らかにはされていません。
したがって、
産学連携政策が導入される以前の
日本のイノベーション・システムが、
そもそもどのような特徴を持っていたのか
という観点から、政策の効果を評価する
必要があると思います。
この点に関連して、私自身が参加した
日米比較の共同研究による分析結果を
ご紹介しておきます。
この共同研究は、1990年代に行われており、
産学連携政策が導入される以前の
日本のイノベーション・システムの実態を
明らかにしています。
まず、コーエンらがアメリカの企業について
明らかにした結果と同様に、
日本の企業においても、
特許ライセンスを媒介とした
技術移転の重要性は限定的なものであり、
それ以外の方法が重視されていました。
また、日本の企業はアメリカ企業よりも、
積極的に大学へアクセスしており、
むしろ高い頻度でイノベーションに結びつく情報を
獲得していることが見出されました。
さらに、大学の研究活動に対する
様々なアクセスの方法のうち、
企業における新規プロジェクトの提案や
既存プロジェクトの問題解決に
効果的に結びついているのは、
研究契約のみであることが明らかになりました。
これまでの政策論議の中では、
しばしば大学の基礎研究の成果を、
産業部門における新規事業創出に
結びつける過程には、
「死の谷」が存在すると言われてきました。
これは、技術移転を妨げる要因を
表現したメタファーです。
その「谷」を渡るために、
大学からの技術移転政策を推進することが
必要だと主張されてきました。
しかし、
実証研究の結果が明らかにしてきたことは、
実際には企業の方が、戦略的な意図を持って、
研究契約の相手を探索し、
自ら大学にアクセスを行っており、
そうした場合に、初めて技術移転による
イノベーションが成立しているということです。
そのような企業にとっては、
はじめから「死の谷」というものは
存在しないといえるでしょう。